『ホームスクールと義務教育』を読んで──「学校に行くこと」と「学ぶこと」を改めて考える
- Karin
- 6月27日
- 読了時間: 3分
最近、宮口誠矢先生の『ホームスクールと義務教育──米国の制度設計と日本への示唆』を読みました。本書は、アメリカのホームスクール制度を歴史・法制度・教育学の視点から詳細に分析した、日本では初めての本格的な研究書です。(版元ドットコム)
ホームスクールについて語ると、「学校に行かなくてもいい」というイメージだけが先行しがちですが、本書が問いかけているのは、もっと根本的なテーマです。
「義務教育とは何を保障する制度なのか。」
この問いに真正面から向き合っている点が、とても印象的でした。
アメリカではホームスクールが広く認められていますが、その制度は州によって大きく異なります。規制がほとんどない州もあれば、教育計画の提出や学習評価を求める州もあります。また、教材費の補助や公共サービスの利用など、支援制度も多様です。つまり、「ホームスクール=自由」という単純な構図ではなく、自由と子どもの教育を受ける権利をどう両立させるかが長年議論されてきたことが分かります。(版元ドットコム)
特に興味深かったのは、本書が「親の教育の自由」と「子どもの学ぶ権利」を対立するものとしてではなく、どのように調和させるかという制度設計を丁寧に論じている点です。
日本では、「学校に行くか、行かないか」という二択で語られることが少なくありません。しかし本書を読むと、本当に重要なのは学校という場所ではなく、子ども一人ひとりの学びが保障されているかどうかなのだと改めて感じました。
私自身、公共図書館によるホームスクール支援や、不登校の子どもたちへの学習支援について研究しています。その立場から読むと、本書は「学校外で学ぶ子どもたちを社会全体でどう支えるか」という視点を考える上で、多くの示唆を与えてくれました。
例えば、アメリカでは公共図書館が教材や理科キットの貸出、ホームスクール向けプログラム、保護者同士の交流の場などを提供している地域が数多くあります。学校だけでなく、地域の公共施設も教育を支える主体となっていることは、日本にとっても大きなヒントになるでしょう。
日本でも不登校の子どもは年々増加し、「学びの多様化」が重要なテーマとなっています。その中で、「学校に行くこと」を目的にするのではなく、「学ぶ機会をどう保障するか」という視点への転換がますます求められているように感じます。
『ホームスクールと義務教育』は、ホームスクールを推進するための本ではありません。むしろ、義務教育とは何か、公教育とは誰のためにあるのかを改めて考えさせてくれる一冊です。
ホームスクールや不登校支援に関心のある方はもちろん、教育に携わる先生方や自治体職員、図書館関係者にもぜひ読んでいただきたい本でした。教育の未来を考える上で、多くの示唆を与えてくれる一冊だと思います。

コメント